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写真について

最近、仕事上またプライベート上で他人様の写真を数多く見ている。
自分写真大好き人間のこの僕が(笑)である。良い写真はたくさんある。

 

もちろん、自分では到底撮れないような素晴らしい写真は数知れない。 けれども、なかなか好きな写真には出逢えない。「良い写真」と「好きな写真」は僕にとってはまったく違う存在である。

 

それは何故か?写真は偶然性を伴う表現物という一つの固定観念のもと眺めていたからだ。

その写真が良いと思ってもそれはその時の偶然が重なってひとつの表現物になったに過ぎない。

 

違う場所でまた違う形で表現されたものはまた良いとは限られない。そんなうがった考えで見続けていたら好きには到底なれないのであろう。しかし、だからこそ、僕はこの商売を続けてこれたのかもしれない。僕の中に魂というものがあるのなら、それを絶えずその写真に盛り込んで行くことが出来れば人とは違う写真という表現が出来るのではないか?

 

人としてのその目に重ねられていく喜び、怒り、憂い、悲しみまで全てをひっくるめその想いをどんな時にでも表せる写真が撮れるのならば。。。それは偶然性とは全く違う存在として写真というものが僕の中で生まれてくるのではないか?紛れもなくそれは僕自身の「意思」であり自分自身の証となりうるものではないだろうか?絶えず、そんな思いで今まで走ってきたように気がする。

 

確かに自分勝手でわがままな思考である。けれど恋も仕事もいわゆる一つの思い込みで始まるものだ。そんな思い込みが出来たから今の自分があったりもするものだ。

 

何も知らない、生きる目的さえ見失った若造が三日三晩天井を眺めながらどうしよう?どうしよう?これからどうしよう?と引き籠もった四日目の朝。なんの脈絡も無く思いついた「あっ、僕カメラマンになろう!」これが全ての「無」をはるか遠い「夢」にすり替えた瞬間。

 

未だにその理由は分からない。いくら考えても、人に聞かれてもこれだという答えは出たためしはない。でも、それで良いのだと思ってる。こんなことは、最後の最期で「あ〜そうだったんだ」って判ればそれで十分納得がいくはずだ。

 

最近、ひょんなことで好きな写真に出会った。初めてかもしれないね。何故好きになったのか?何が好きになった理由なのか? なんて考えにも及ばないがただ一つ見えたことは、自分の写真に良く似ていること。結局自分写真大好き人間ってことね(笑)

 

しかし、その写真を撮られている方にとっては迷惑な話なんだろうね(笑)この似ているという言葉をあえて使ってはみたがそれらの写真の作風は僕の撮り続けている写真とはどこをどう掘り下げても共通点は見つからない。けれど「似ている」と何故だか閃いた。これは貴重である。

 

もしかしたら、カメラマンを始めるようなきっかけを持つ者たちはこうした「好き」からはじまるものかもしれない。と、なれば僕は30年近くもこの世界に立ちすくんでいたのかな? まぁ、それならそれでも良いけれど(笑)折角こんな貴重な体験が出来たものだからちょっと自分なりに掘り下げてみようと思う今日この頃なのだ。

 

2012/03/30

関連情報

著名人ポートレートの撮影は、ライブワン代表カメラマンの菅野勝男
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